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CMCで働く仲間たち

INTERVIEW

  • 柔道整復師
  • 鍼灸師
CMC 社員インタビュー|杉澤 恵太
PERSON 01

杉澤 恵太

マネージャー/院長

#マネージャー#院長#柔道整復師#鍼灸師#在学中入社#18年目#墨田区出身#2児の父
入社年次在学中入社/18年目
保有資格柔道整復師・鍼灸師
出身東京都墨田区
出身校東京医療専門学校

自己紹介

CMC一筋18年、現在は8院を束ねるマネージャーの素顔。

東京医療専門学校に通いながら、学生時代にCMCへ入社しました。午前は学校、午後から院で働くというスタイルで始まってから、気づけば18年目になります。

もともとは患者としてCMCの院に通っていた一人でした。高校生だった僕の目に、ここで働くスタッフの姿はとにかく輝いて見えた。声を掛け合いながら、まるでお祭りのように働く。仕事なのに、仕事だけで終わらせない。その空気に惹かれて、「自分もこの中に入りたい」と思ったのが原点です。

入社後は柔道整復師、鍼灸師の資格を取得し、スタッフ、院長を経て、現在はマネージャーとして8つの院を見ています。「人の健康をつくりながら、その人の人生に関わっていける」——この仕事の魅力は、18年経った今もまったく色あせていません。

杉澤先生
QUESTION 01

Q. これまでで一番の壁は、どんな経験でしたか?

「自分が担当すると、患者さんが来なくなる」
——その壁と向き合った日々

一番きつかったのは、入社して最初の1〜2年と、初めて院長になってからの1〜2年です。

スタッフ時代の最初は、学校に通いながらの勤務。しかも当時の院長はかなり厳しい方で、2年目に異動した先でも、その院のナンバー2だった方が院長になり、変わらず厳しい環境が続きました。「正直、しんどいな」と思っていたとき、当時のエリアマネージャーが自分の院へ引き上げてくれたんです。その方が、僕にとって実質の師匠。技術も考え方も、本当に多くを教わりました。

技術者としても葛藤の連続でした。1年目は指示を受けて動くことがほとんどでしたが、2年目から新患さんを任せてもらえるようになると、結果がはっきり出る。「院長が担当すれば次も来てくれるのに、自分が担当すると来なくなってしまう」。その差を突きつけられるたびに悔しくて、患者さんの悩みを根本から解決したい一心で、鍼灸の資格を取る決意をしました。

院長になってからも壁はありました。院長が代われば患者さんが減ることもある。自分のやりたいことや方向性がスタッフと噛み合わず、メンバーが辞めてしまったときは、本当にこたえました。それでも、その一つひとつが今の自分をつくっています。

QUESTION 02

Q. 院長・マネージャーとして、仕事で意識していることは?

「自分が売る」のではなく、「組織で結果を出す」

院長になりたての頃は、「全部自分がやらなきゃいけない」と思い込んでいました。でも、あるタイミングで思い切ってメンバーに任せてみたんです。すると、自分が手を動かさなくても、メンバーがそれぞれ動いてくれて、仕組みまで生まれていった。これは大きな気づきでした。

院長賞を2度いただけたのも、まさにここが要因だったと思います。技術のブレをなくし、特定の誰かではなく全員のレベルを底上げする。「院長である自分が売上を立てる」のではなく、「組織として売上が立つ状態をつくる」。そこに振り切ったことが結果につながりました。

ちなみに院長賞の副賞でディズニーのチケットをいただいたので、院のメンバー全員で行きました。こういう瞬間も、チームで働く醍醐味ですね。

杉澤先生
QUESTION 03

Q. CMCを「パワースポット」だと感じるのはどんなときですか?

縦にも横にも、つながりが多い場所

以前、別のグループ院でアルバイトをしていた大学生が見学に来てくれたとき、「こんなに喋りながら、活気のある院は他にない」と言ってくれたんです。あの言葉は、今でも印象に残っています。

CMCは、縦のつながりも横のつながりも本当に多い。院長以外のスタッフは異動の機会も多いので、自然と関わる人が増えて、仲良くなっていく。休みの日に一緒に遊びに行くことも珍しくありません。

思い返せば、高校生で患者として通っていた頃、先輩スタッフが休日に一緒にゲームをしたり、サッカーの試合を観に来てくれたりして、すごく元気をもらっていました。あの空気感が、今もCMCには流れている。それこそが、僕にとってのパワースポットだと感じています。

そして嬉しかったのは、長く勤めたエリアマネージャーの院を離れるとき。患者さんがお土産やお礼をくださったり、泣いて見送ってくれるおばあちゃんがいたり、わざわざ挨拶に来てくれる方がいたり。「自分はちゃんと貢献できていたんだ」と実感できた瞬間でした。

杉澤先生

入社前の遍歴

動くのが好きだった少年が、医療家を志すまで。

小学生時代
通信簿には毎回「落ち着きがない」。休み時間はドロケイ、キックベース、卓球、ドッジボールと、とにかく外で遊んでいた。ドロケイでは断然「泥棒」派。長ズボンを履いたことがないほど活発で、小学1年からはサッカー部に所属(ポジションはセンターバック)。
中学生時代
墨田区の中学校へ。グラウンドはテニスコート2面分しかなく、サッカーはクラブチームで継続。校則で部活への所属が必須だったため、クラブの仲間と卓球部に入部したところ、団体で墨田区1位に。個人ダブルスでも都大会へ進出した(が、都大会でボコボコにされ「卓球は向いてない」と引退)。学校では“盛り上げ隊長”。合唱コンクールでは毎年パートリーダーを務めた。
高校時代
都内の高校へ進学し、サッカーを継続。当時は時間にルーズで、始業10分前に家を出ることもしばしば。「通常15分の通学路を、いかに10分で行くか」を本気で考えていた。今思えば、この“効率を上げる・仕組みを設計する”発想は、当時から芽生えていたのかもしれない。
医療家を志した
きっかけ
高校1年の冬、サッカーで負ったケガで通ったのがCMCの院だった。両親が美容師だったため、漠然と「自分も美容師に」と思っていたが、自分の将来像がうまく描けずにいた。そんな中、患者として見たCMCのスタッフは、声を掛け合い、お祭りのように働いていて、休日には一緒に遊んでくれ、サッカーの試合まで観に来てくれた。「人の健康をつくりながら、人生に関われる仕事」に惹かれ、入社を決意した。

入社後の遍歴

在学中入社から18年。スタッフ、院長、そしてマネージャーへ。

入社〜
スタッフ時代
東京医療専門学校に在学しながら入社。午前は学校、午後から勤務。厳しい環境を経て、師匠と仰ぐエリアマネージャーのもとで大きく成長。患者さんの悩みを根本から解決するため、鍼灸師の資格取得を決意。
資格取得
2008年に学校を卒業。2011年頃に柔道整復師、26歳で鍼灸師の資格を取得。
院長就任
(入社8年目)
院長研修の課題を一つずつクリアし、院長待機を経て就任。「自分が売上を立てる」発想から「組織で売上を立てる」発想へ転換し、技術のブレをなくして全員のレベルを底上げ。在任中に院長賞を2度受賞。
杉澤先生
マネージャー
(現在・院長9年目)
現在は8院を統括。重点的に見るポイントを定め、エリア間の院長MTGやサブマネージャーとの対話を通じて組織を動かしている。

仕事も、家庭も。「両方」を選べる環境

子どもが生まれたことは、自分の働き方を見つめ直す大きなきっかけになりました。もし独立していたら、子どもに割ける時間はきっと取れなかったと思います。

CMCには柔軟な育休制度が整っていて、家庭の時間もしっかり作れる。会社自体も、新しいことをどんどん取り入れていく柔軟さがある。だからこそ、「仕事に全力」と「家族との時間」を、どちらも諦めずに選べています。

杉澤先生

「困ったとき、真っ先に思い浮かぶ院」をつくりたい

院としての目標は、地域の方が「困ったときに、まずうちの院が頭に浮かぶ」——そんな存在になること。

個人としては、自分に関わる人が、困らずに生活できる人へと育っていけるよう関わっていきたい。スタッフも、患者さんも。CMCで僕が先輩たちにしてもらったように、今度は自分が誰かの“パワースポット”になれたらと思っています。

WHY CMC

独立すれば、自分のやりたいように
何でもできる。でも、地盤があることの
価値は、働けば働くほど大きい。

なぜ、独立せず CMC で働き続けるのか

独立すれば、自分のやりたいように何でもできる。でも、地盤があることの価値は、働けば働くほど大きいと感じます。

責任の重さがまったく違う中で、今の立場だからこそ発信できることがあり、試せることがある。そう考えると、無理に独立しなくてもいいと思えるんです。会社が新しいものを柔軟に取り入れていく姿勢、育休をはじめとした制度の充実——その全部が、「ここで挑戦し続けたい」と思える理由になっています。

CMCで、人の人生に関わる
仕事を。

※社員の所属・役職・その他の情報は、本記事掲載開始日時点のものです。