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CMCで働く仲間たち

INTERVIEW

  • 柔道整復師
CMC社員インタビュー|佐藤 聡
PERSON 07

佐藤 聡

院長(武蔵境南口接骨院・整体院/前・事業部長)

#柔道整復師#院長#2000万円プレイヤー#年商1億#元事業部長#最速院長#野球#2店舗経営
入社年次2007年入社
保有資格柔道整復師
出身東京都東村山市
経営武蔵境南口で2店舗

自己紹介

学生社員から最速で院長へ。年商1億、年収2000万円——会社の「基準値」を引き上げる男。

東京都東村山市出身、2007年に入社しました。柔道整復師として、今は武蔵境南口で接骨院と整体院、2店舗を経営しています。資格を取って正社員になってから、わずか半年で院長に就任しました。これは、会社でも最年少記録だと言われています。

正直に言うと、僕は「無駄な時間を過ごしたくない」という思いがずっと強い人間なんです。学生時代から診療現場に95%のエネルギーを注いで、小さな行動を積み重ねてきた。その結果が、最速の院長就任につながったんだと思います。

今は、利益ベースで報酬が決まる特例の契約で、ほぼ独立したオーナーに近い環境で運営しています。自分の院の売上は1期で1億円を超え、年収は2000万円。これは自慢のためじゃなくて、「CMCにいてもここまで行ける」という基準値を、自分が引き上げる役割だと思っているからです。

佐藤先生
QUESTION 01

Q. 資格取得から半年で院長就任。最速記録の裏に何があったのですか?

派手なことは何もしていない。「小さな積み重ね」がすべて

僕は学生社員として、午前は学校、午後から現場という3年間を過ごしました。そのとき意識していたのは、とにかく「日々の診療で、どれだけ多くの患者さんに入れたか」。触らないと上手くならないし、見えるものも見えてこない。だから正直、午前中の学校の勉強より、午後の臨床に95%のエネルギーを注いでいました(おかげで学校では再試験ばかりでしたけど(笑))。

じゃあ、まだ実力もない若手が、どうやって診療に入らせてもらえたのか。今、任せる側になって分かるんですが、「この人になら任せたい」と思われるような日々の行動をしているかどうか、なんです。

僕は誰よりも大きな声で挨拶したし、何もせずぼーっとしている患者さんがいたら、すぐ声をかけて関わる時間をつくった。先輩に「途中まで入りますか?」と自分から聞きにいく。仕事が終わった後も「今日のあの患者さん、なぜ僕じゃダメだったんですか?」と質問して、足りない部分があれば練習をお願いする。派手でインパクトのあることをやったわけじゃなくて、本当に小さな努力の積み重ね。それが最速記録につながったんだと思います。

佐藤先生
QUESTION 02

Q. 年収2000万円・年商1億。突き抜けられた理由は何だったのですか?

V字回復、事業部トップ、特例契約——遠回りが武器になった

院長になって最初の1年は、正直、業績が低迷したんです。でも、外部研修と院長チャレンジ研修を「院長になった後」に受けたことが転機でした。普通は就任前に受けるんですが、僕は順番が逆だった。半年間うまくいかない現実を味わった後だったからこそ、「だから売上が出なかったのか」と気づきが山ほどあって。そこから次の1年で業績をV字回復させて、院長賞を取りました。

その後、事業部に入ったものの、当時は意見が通らず、ストレスで耳が聞こえづらくなるほど追い込まれて、一度現場に戻してもらいました。でも数年後、今の社長から「事業部のトップを任せたい」と声がかかった。独立も考えていた時期でしたが、「メンバーも自分で決めていい」という条件で、もう一度挑戦することにしたんです。2018年から数年間、一つの院ではなく全院の景色を見たことで、患者さんだけでなく「先生を見る」視点や、会社全体の考え方を学べました。

そして2023年、現場に集中するため、利益ベースで報酬が決まる特例契約に変えてもらった。僕だけの特別契約です。ここから「本当のビジネスの勝負」が始まった感覚で、治療だけじゃない経営の部分にフルスロットルで頭を使うようになった。ちょうど隣の部屋が空いて2店舗目を始められたこともあり、その積み重ねが2000万円という数字につながりました。遠回りに見えた経験が、全部武器になったんです。

佐藤先生
QUESTION 03

Q. CMCを「パワースポット」だと感じるのはどんなときですか?

崩れるところは崩れ、締めるところは締める。その一体感

会社として「パワーを感じるな」と思うのは、やっぱり全員が集まったときの一体感ですね。年末の社員総会や、半年に一度、東京と千葉のエリアに分かれて集まるとき。あれだけの人数が集まるのに、ただ騒ぐだけでもなく、悪乗りするわけでもない。締めるところはちゃんと締めて、崩れるところは崩れる。このメリハリを、これだけの人数でできてしまう。その一体感の作り方には、パワーが溢れているなと感じます。

そのパワーを、それぞれが自分の院で出せるようになれば、地域にとっての「パワースポット」になっていける。そうやって、いろんな人を救えるんじゃないかと思っています。

この活気は、たまたまできたものじゃありません。歴代の社長が「活気づくり」という言葉を大事にして、理念や「10則」、人としてのあり方を、ブレずに教え続けてきた。勤続年数ごとに受けるセミナー制度もあって、理念や行動指針がシステムとして組み込まれている。だから組織として、みんなの方向性が一つにそろうんです。

佐藤先生

入社前の遍歴

野球とサッカーに明け暮れた少年期。「やってみて選ぶ」生き方は、ここで始まった。

小学生時代
「目立ちたがり屋」で、どちらかといえばガキ大将タイプ。1年生から野球とサッカーを同時にやっていて、午前は野球、午後はサッカーと、毎日のように動き続けていた。「体力が異常にあった」と振り返る。野球は両投げ(左でピッチャー、右でショート)という変則ぶりで、相手ベンチをざわつかせたという。4年生で両チームの監督から「どちらかに絞ってくれ」と言われ、最終的に野球を選択した。
佐藤先生 小学生時代
進路を分けた
「松坂とW杯」
野球を選んだ決め手は、4年生の夏。甲子園で活躍する松坂大輔選手の物語と、フランスワールドカップを“天秤にかけた”という。いい終わり方をしたのが野球(優勝)だったことが衝撃的で、野球を選んだ。「もし違う年だったら、サッカーをしていたかも」と笑う。
中学時代
小6の12月、クラブチーム入団を目指していた矢先に交通事故で負傷。練習に参加できず、人間関係の輪に入りそびれて断念。中学の野球部に入り、ピッチャー兼キャプテンとして、自校が過去に行ったことのなかった都大会出場を果たした。「点を取れるチームじゃなかったからこそ、抑えなきゃ勝てなかった」と語る。
高校時代〜
進路選び
野球推薦で進学し、ベスト8クラスの強豪で控え投手に。「上には上がいる」と痛感し、プロの道を断念。進路は「やりたいこと」ではなく「やりたくないこと」からの消去法で考えた。サラリーマンのイメージを避け、福祉士・保育士・理学療法士と検討する中で、「独立開業できる」という強みに惹かれて柔道整復師を選んだ。

入社後の遍歴

学生社員からのスタート、最速院長、事業部トップ、そして特例契約へ。

CMC入社
(学生社員)
実は、専門学校より先にCMCへの入社が決まっていた。高校の進路指導の先生から就職先として紹介され、当時三鷹にあった院を訪問。社長との面談を経てその場で入社を決めた。資格取得のため、CMCから紹介された山野医療専門学校(当時最も学費が安かった)へ進学し、学生社員として働きながら国家資格を取得した。
最速での
院長就任(半年)
資格取得後、4月に正社員となり、その年の9月に院長へ就任。会社の最年少記録とされる、異例のスピード昇格だった。
V字回復〜
事業部での挑戦
就任当初は業績が低迷したが、研修での気づきを機に翌年V字回復させ院長賞を獲得。その後、事業部に参加するも意見が通らず、心身の不調から一度現場の院長職へ戻った。
事業部トップ就任
(2018年〜)
社長からの打診を受け、独立を一度断念して事業部のトップに就任。一院ではなく全院の景色を見ることで、医療の幅、人を見る視点、会社全体の考え方を学んだ。
特例契約・
2店舗経営
(2023年〜)
現場に集中するため、利益ベースで報酬が決まる自分専用の特例契約に変更。隣のスペースを活用して接骨院+整体院の2店舗経営を実現し、1期で売上1億円超・年収2000万円という実績を上げている。
佐藤先生 2店舗経営

「あなた専用の契約」をつくってくれる会社

僕の契約は、利益ベースで報酬が決まる、僕だけの特別契約です。経費を引いた利益に対して、何%が自分の報酬になる。これはもう、社長として動くというより、ほぼ独立しているようなものです。

すごいのは、CMCが個人の成果や役割に応じて、契約形態を柔軟にカスタマイズしてくれること。僕と同じようなストーリーを踏んだ人がいれば、その人用の契約を提案するでしょうし、新しい院を任せるときに「最低保証+出来高」のような形も用意できる。決まりきったルールに縛られず、人によって働き方も契約も変えてくれる。

もちろん、何もしなくても稼げるわけじゃありません。やるべきことをこなして結果につなげれば、その特例にちゃんと応えてくれる会社だということ。それを、僕自身が体験して、実際に稼げた。だからこそ、自信を持って言えるんです。

3000万円プレイヤーへ。そして、挑戦者を増やす

今後の目標は、まず自分が3000万円プレイヤーになること。会社として「うちの一番は3000万円いってるよ」と言える、その基準値をつくっていくべきだと思っています。今回2000万円を達成したことを会社が発信してくれたのも、基準値を超えたから。だから次は、もっと上を示したい。

ビジネス的には、1億円の次として院の売上1億5000万〜2億の壁まで行きたいし、自分が見る店舗数を増やすことも視野に入れています。

それと、もし2000万円・1000万円を目指している人がいるなら、その人たちが達成できるようサポートしたい。自分だけが稼ぐんじゃなくて、そういう挑戦者を増やしていきたい。あと、採用にももっと貢献できる余地を感じています。ただ人数を増やすんじゃなく、CMCの考え方に合う人がちゃんと入れる仕組みをつくりたいんです。

佐藤先生
WHY CMC

治しきれていない方々から、
逃げることはできない。
それが根っこにあります。

なぜ、独立せず CMC に残るのか

何人もの院長やスタッフから「なんで独立しないんですか?」とよく聞かれます。でも、僕がここに残る一番揺るぎない理由は、僕を信頼して、今も通い続けてくれている患者さんがいるから。そして、その方々をまだ治しきれていないからなんです。常に新しい人しか来ない環境だったら、こんなに残っていなかったかもしれない。治しきれていない方々から逃げることはできない——それが根っこにあります。

もう一つは、これだけ稼がせてもらえる契約を用意してくれた会社への感謝です。あの契約は、僕という人間を認めてくれたからこそ作ってくれたもの。だからこそ、その感謝をちゃんと返すために稼ぎたい。

そして最後に、CMCに残り続けている人間が、僕は大好きなんです。合わない人はやめていく中で、残る人にはちゃんと理由がある。みんなCMCの考えに沿っているからこそ残っている。そういう仲間を、一人でも増やしていきたいと思っています。

佐藤先生

CMCで、人の人生に関わる
仕事を。

※社員の所属・役職・その他の情報は、本記事掲載開始日時点のものです。